部屋とワイシャツとタカシ

声優沼から出れなくなってしまった生粋のジャニオタが書いてます。

オタクにすすめたくない『推し、燃ゆ』読書感想文

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アイドルの自担と声優の推しを持つオタクが第164回芥川賞 宇佐見りん『推し、燃ゆ』を読みました。咀嚼のためにオタクなりの自己解釈として読書感想文を書きました。※noteにも同じアイキャッチ画像で同内容記事を載せてます。

あらすじ・具体的な結末はありませんが一部ネタバレが含まれます。以下目次の「オタクにすすめたくない」がにはネタバレを含まない感想です

私から背骨を奪わないでくれ

思わず本を閉じてしまうくらいの衝撃だった。推しが結婚を発表したとき、活動休止が発表されたとき、引退が発表されたとき、サービス終了が発表されたときに感じた首の後ろから背中に走る悪寒にこれほどマッチする言葉は無いと思った。擬音で言えば、ヒュッとかヒヤッとかそういう類いで最近の私は【ご報告】【応援してくださる皆様に大切なお知らせ】の文面を見ると反射的に"背骨を奪われる"ようになっていた。背骨を奪われたら真っ直ぐに立つこともできないように、推しが結婚したら、活動休止したら、引退したら私も真っ直ぐ立てなくなってしまう。実際は立てるし歩けるし働けるんだけど、推しが生きていた界隈で立てなくなってしまう。そんな複雑な心情を一言で表すに値した言葉が「背骨を奪わないでくれ」なんだ。

推しは人になった。

他界隈に足を伸ばしてからそこで初めて推しが結婚を発表した時、私はどうしようもなく虚無感に包まれていた。実際に彼と結婚したかったわけではなく、擬似恋愛的な存在ではなかったのに、コポコポとわく感情は消化も理解も解釈もできなくて足掻いていた。作中でも真幸くんが左手薬指に指輪をしているシーンが出てきて急に胃がひっくり返ってソワソワした。そのさきの終盤にある一節にハッとさせられたので以下引用。

あたしを明確に傷つけたのは、彼女が抱えていた洗濯物だった。あたしの部屋にある大量のファイルや、写真や、CDや、必死になって集めてきた大量のものよりも、たった一枚のシャツが、一足の靴下が一人の人間の現在を感じさせる。引退した推しの現在をこれからも近くで見続ける人がいるという現実があった。もう追えない。アイドルでなくなった彼をいつまでも見て、解釈し続けることはできない。推しは人になった。

「これからも近くで見続ける人がいるという現実」「推しは人になった。」人として暮らすうえで文化的に生きることが保証されている世の中で結婚するのも、新しい道を進むのも本人の自由だ。自分の理想を勝手に背負わせてつくづくどこまでもどうしようもない身勝手なオタクだな、自分と実感して悲しくなってわらっちゃったな。

オタクの再現度

・ライブ会場でのお手洗いのシーンの着目点に驚いた。青白い電気の寒々しい場所に色とりどりのオタクがせっせかメイク直したり開演に間に合うかソワソワ待つ様子が容易く想像できる。なんかライブ前にトイレに並ぶと一瞬現実思い出しませんか?ふと、「あっそういや請求書の締め切り来週じゃん」とか「帰りの終電考えると…」とか。そういう非日常の現実の隙間に入ってくる現実の日常が表現されててすごいと思った。

SNS上にいるオタクの描写がうまい

作者自身が推しがいる上にオタクを見るのが好きとおっしゃってたのも頷ける再現度の高さ。たとえば、結婚を発表したときの引用参照

〈ファンのこと舐めすぎじゃない??????? あなたのために何万貢いだと思ってんの???? は??????? せめて隠し通せ?????????〉

〈推しの結婚式に何食わぬ顔して参列してご祝儀百万円払って颯爽と去りたい〉

?の多様する表現ってどんな世代でも伝わるのかな。オタクなら感情まで伝わる表現のひとつで自分もめちゃくちゃ使ってしまう。大抵なにかに怒ったりしている時だけどそれを正確に捉えている。後者は反応を期待しつつもめちゃくちゃ泣いてるオタクの図じゃん。このあと「いやまじでね、、幸せになって、、」って呟いた後ふて寝してるよ。

SNS上のアンチも攻撃のテンプレートをいくつも多様していて思わずウッとなったし、インスタライブでのオタクのコメントも見事なほど既視感のあるやりとりだった。アイコンやハンドルネームが思い浮かびそうなくらいリアルでいそう

オタクのお作法

祭壇、インスタライブ、推し不在の誕生日会、グッズのお迎え。主人公のあかりちゃんくらいの年齢の子がこぞってやってる文化がかなり鮮明に描かれている。こういったお作法的な文化がいろいろな界隈のキメラであることだけがフィクションであって切り取ったら実際に行われていることだということをオタクしか知らない。お誕生日ケーキのくだりは自分の胃もキリキリした。自分もひとりでぜんぶたべたことあるので、、、

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既に稼働を終えて誰もフォローしていない自分のアカウントを見ていたら偶然にも数年前にひとりで行った本人不在の誕生日会の様子が。友達と開催した時も楽しかったな。オタクじゃない人からしたら「こんなことにお金かけて…」と思われるようなことばかり喜んでやってるよな、オタク。

オタクにすすめたくない

『推し、燃ゆ』を読んだあと複数人のオタク友達にどうだった?と聞かれたけど正直なところすすめたくないかもしれないと思った。特に妙齢のリアコ(恋愛対象として見ている推し)がいるオタクにはあんまり勧めたくない。芥川賞候補だった時の帯で尾崎由美さんが"救いの書であると同時に絶望の書"とコメントしてたけど、まさにそれな〜!!!!というお気持ちしか湧かない。私にとって、ある意味救われた本であると同時に現実をさらに鮮明に突きつけられた本でもある。

もし読むのであれば今のうちに読めば鮮度の高い状態で読めると思うよ、と友達には伝えたい。先述したように、ここ数年のノリがかなり満載でオタクだからこそ楽しめる・理解できる要素が多い。ニコ生の芥川賞直木賞の受賞者記者会見枠で、発表前に一冊一冊の解説をしてたけど、『あくまでフィクション』『意外にも線引きはされてる』と解説されてた。たしかに推しという概念の薄い、特にSNSが普及してから推しを応援した経験を持たない人達にとっては理解しづらい本だと思う。

しかしながらこの生きづらい時代に推しを持ち、推しを愛で、推しを支え、推しと生きるオタクたちにとって何か感じられるものがあるのではないか。もしかしたら、ぜひ読んで欲しい一冊かもしれない。